どれほど後ろ暗い者であれ、用もないのに居合わせはすまい
深夜の場末、ネオンどころか街灯も信号の類もないほどに それは寂れた一角で、
不意に小さな地震のような地響きが起きた。
誰一人として目撃者もないままに、
古びた建物が身震いしつつその輪郭を砕きながら解いてゆく。
夜陰に吸い込まれつつも もうもうと舞い上がるのは、
枯れ細って痩せてしまっていたコンクリートを破砕したために撒き散らかされた灰色の粉塵だ。
当然のこと、喉や呼吸器官にいいものでないが、
それを生じさせた存在故、爆心地である真っ只中に立っていたのも道理なわけで。
一応は黒獣を展開させ、大きめの飛礫が弾けて飛んでくるのだけは避けたが、
そもそも そこそこ古びていた廃ビルだっただけに、
抵抗なく廃墟となってしまった呆気なさは むしろ想定にもありはして。
家財と呼べるものとてほとんどなく、最初からがらんとしたもの。
僅かな抵抗でもしてか、よれたように曲がった鉄骨がはみ出したコンクリの壁が
引きちぎられた段ボールのように雑な破砕面を晒しており。
戸別にテナントが入っていたはずの仕切りも何もなくなっての、
砂塵がまぶされた無残な空間が広がるばかり。
目に見えない砂塵がまだ舞っているのだろう、ついのこととて咳をし出せば、
「のすけちゃん? 大丈夫?」
覚えのある少女の声だけが先んじて届いたのへ、
「…っ。」
ついつい眉をしかめると、
格納したばかりな異能をちょろりと発揮して応え(いらえ)の代わりとする禍狗姫。
途端に、びゃっという情けない悲鳴が上がって、
「痛い痛い。何すんのさ、酷いよぉ。」
きゃあと粉塵の向こうから飛び出してきたのは、
常の仕事着であろう、シャツにサスペンダーで吊った短パン(ミニスカート仕様)という
あっさりとしたいでたちの探偵社側の少女が一人。
白銀の髪もシャツも、黒地のボトムやニーハイソックスも
やや煤けて白っぽく汚れているが、
それはお互い様なので嘲笑うのは止しつつ、
一応の反論は返す芥川嬢で。曰く、
「酷いのはお互い様だ。人の外套を切り刻むな。」
多少は加減してのこと、小さめの刃となって襲い来た黒獣を避けるのに、
月下獣の爪を出していた敦だったようで。
異能を切り裂き無効にする効果が発動されてのこと、
ただの布と化した外套は出来そこないのフリンジのようにコマ切れにされている。
やらかしたという点はお互い様なので、
つんけんした言いようを返した黒獣の姫もそれ以上の言及はなさず、
当然、白虎のお嬢もぷうと膨れはしたが、それ以上の非難は飛ばさない。
まだ若年、しかも少女だというに荒事の現場担当、
厄介な異能者が紛れていることも少なくはない案件の対処へと向かわされるのは慣れっこで。
それが重犯罪や裏社会関わりな話だと、
早急な解決が優先されるがため、ポートマフィアとの共闘となることも少なくはなく。
当初、微妙な因縁ありきで 突っ慳貪どころか何度も殺されかけた相手だが、
互いの生い立ちやら背景やらが判って来るにつれ、
ある程度は理解も生じたし、
何より齟齬の因子であった誰かさんと誰かさんの因縁とやらもほどけたため、
組織同士が巨悪を撤退させるために結んだ協定がいまだ解消されぬまま、
背景がややこしい案件を扱う折には、
なし崩し的に前衛担当同士が呼び出されたり、
知恵者ついでに根性悪な参謀格が知恵を出し合う共闘状態が続いているのだが。
今回のはさして複雑なそれじゃあなく、
廃墟だが頑丈そうな胡乱な“溜まり場”を、一夜にしてどころか一瞬で粉砕し、
よからぬ物品を売買している小悪党同士が
どこの誰に、どの方面の存在に気付かれたのだと焦って浮足立つのを誘おうという
何とも小ぶりな作戦の序盤を担っただけ。
人手も重機も入れずの文字通りの一瞬で、粉塵と化した廃ビルは
もはや目隠しになる存在ではなくなっており、
今宵、暇つぶしがてらの見回りに来る担当がいたならば、
この惨状を見て腰を抜かしつつ、仲間らへ悪夢を告げに逃げ帰ることとなるだろう。
ま、その辺はもはや彼女らの関与するところじゃあないので置くとして。
じゃりじゃりがらからと、足元の瓦礫を蹴飛ばしつつ、
元 廃屋の敷地内から早々に撤退に掛かる二人だったが、
場所が港湾用旧操車場跡地のご近所とあって、街へと戻る方向は同じ。
そちらもとうに廃埠頭となった桟橋もどきまで脚を運んで
照明もない真っ暗な海が見たいという酔狂な気分ならともかく、
どちらも用は済んだので帰ろうという気分・思考は同じだったようで。
携帯を出して何やら連絡を取っていた白の少女が、
目の前に相手がいるかのように小刻みにぺこぺこと頭を下げるのを、
何ということもなく立ち止まって見ておれば。
そんな意を合わせてはなかったが、それでも勝手に空気を読んでのこと、
待たせていると思うたか、あわわと焦りつつ話を切り上げ、端末を仕舞って小走りに駆け寄ってくる。
「ごめん、帰ろっか。」
「…ああ。」
相変わらずヘタレというか、時に図々しいほど懐っこくなるかと思えばこんな風に気を回すし、
それでいてこちらが喧嘩腰になれば、負けじと眉間にしわ寄せて険悪な貌を作ったりもする。
生き延びることへ貪欲だった名残りか 我が強いには違いなく、
相手の顔色を窺うところは微妙に抜け切らないが、
自分への対応を考慮してというより、
社や同席者への扱いが悪くならぬよう、空気を読んでのことなよう。
そして、少なくとも黒の禍狗姫へはそうする必要はない認定が下りているらしく、
「あの、あのね?」
ややおずおずといった体で声を掛けて来たのも、
今更 怖気ているからというのではなく、
単に口にするのがやや臆するような話を振りたくてらしい。
腹の底からの怒号で相手の名を呼び、全身全霊込めた一薙ぎで互いの急所を抉らんとする攻防を
久々にやらかしたのは、ほんのGW前ではなかったか。
さすがに“女の子なんだから”という方向では叱られなんだが、
肝心な任務の方まで巻き込みでズタボロにしてしまったため、
軍警の担当さんが意識不明の容疑者を引っ立ててく背景で
辻褄合わせに奔走しないといけない異能特務課の皆さんから深々と溜息をつかれ、
国木田さんから拳骨を頂き、乱歩さんに爆笑されたのは記憶に新しい。
仕事の上では敵対組織ならではな衝突も辞さぬが、
そういう “オン・オフ”は はっきりしてもいて、
実を云や結構デリケートな相談とか持ち掛け合ったりしてもいる。
「なんだ?」
片や、ゴスロリ風の美少女で、
やや冷酷そうな、氷の美貌はその筋のマニアからも絶賛されており。
事実 下手に絡んで怒らせれば、
それは酷薄な物言いと共に一刀両断、
死神の大鎌の如く黒獣の刃が飛んでくるおっかない存在ではあるが、
漆黒に染まりし禍々しさこそ不吉なそれながら、
見栄えの凄艶なまでの麗しさは、今は亡き歴代最年少幹部に追随しよう級だとか。
「…死んでません。」
「はっ、今太宰さんの声がしたような。」(笑)
それへ相対す側もなかなかの美少女で。
マフィアの黒の少女と対になるかのように、
こちらは透き通る玻璃のような印象をたたえた白の少女。
悲壮過酷な生い立ちのせいで、先に挙げたようにやや及び腰な気性をし、
手折れそうなほどほっそりとした肢体は一見なよやかだが、
虎というより水牛ほどもあろう体躯の 雄々しき白虎の異能を発揮すれば、
鋼もコンクリートも何するものぞで 羊羹の如くスパスパと破砕でき、
さすがは 四神の一隅を象る異能ということか、
骨が砕けようと脚が丸ごと食いちぎられようと、
一気に再生されるという 神がかりな回復力まで持つタフネスな御仁。
それがもじもじと含羞みつつ、言おうか言うまいかしていたものの、
「あ、あのね?
ポートマフィアって、恋愛禁止とかいう決まりあるの?」
「……あ?」
エイッと思い切って言ってから、すぐさま真っ赤になって“いやん”と両手でお顔を覆うところなんて、
そこいらのスレまくった女子高生よりよほど可愛らしかったが、
「恋愛禁止…。」
「ヤダヤダヤダ、繰り返さないでよっ。意地悪っ。」
判ったから、隣のビルを叩くな壊すな、
そこは案件指定外だぞ、負けず劣らずの廃ビルみたいじゃああるけれど。
照れているだけなのだろう、怒っているという顔ではないけれど、
「どっかの名門女子校やアイドルじゃあるまいし、それはないぞ。」
「でもなんてのか、そういう対象がいたら弱みになろうから、
首領さんに人質にされるとかどうとか。そういうのはないの?」
キャアキャアと照れた様子へ 何をふざけておるかと思えば、
一転、妙に具体的な言いようをするものだから。
真摯に見やって来る朝焼け色の双眸を、こちらからもじっと見返してののちに、
「…太宰さんから何を吹き込まれたのだ。」
えー、何で判るの?さすが上級構成員様だねぇ。
だって、中也さんたら美人さんだし、
まさかにボクのことは 妹みたいなもんだって思ってるだけとかだったら
それはそれであのその安全かもだけど、えっと…。
「………。(……)」
「てぇい、泣くな。」
自分で並べた文言に打ちのめされたか、じわじわと俯きかかった敦だったのへ、
どう宥めればいいのか判らないのでと、
慌てて虎姫の薄い肩へフリルの萌え袖にくるまれた手をやれば、
「どうなの実際。」
「そんな行儀のいい規律なんかねぇよ。」
進行方向からのお声がかかり、ギョッとして二人揃って顔を上げる。
まだ明るかろう繁華街へと向かう方向に、二人ほどの人影があり、
街灯はないが夜目の利く敦には、
黒ずくめという出で立ちの片やが慕ってやまない赤毛の姉人だと即座に判ったようだった。
「あ…。///////」
聞かれたくない人に聞かれたと、ますますのこと赤くなった敦なのへ
つかつかとヒールを鳴らして歩み寄ったは、
袖を通さない黒外套がひるがえるさまも決まっている、ポートマフィアの五大幹部様。
セミタイトのスカートから伸びる黒ストの脚がキュッとしまっていて
それがかつかつと街路に刻む足音の毅然とした気配も凛々しいが、
小柄ながら十分に女性としての存在感も孕んだ野性味あふるる女丈夫で。
今は何かしら気になるものでもあるものか、
日頃ああまで可愛がっている敦へ歩み寄ると、
顔を隠していた両手の片や、ほっそりした手首をがっしと掴んでそのまま引き寄せる強引さよ。
「なあ おい、敦。」
「は、はい…。」
何をそんなこと、今更訊いているのだと来るかと思や、
「ウチに誰か、想う奴がいるってことか?」
「…はい?」
ウチというのはポートマフィアのことだろうが、
こんなどさくさっぽく、でもでもえいっと思い切って訊いた辺り、
虎姫がさぞや本気で懸想している相手なんだろうと思ったらしい、と、
「…中也、あのね。」
一等賞で気づいたそのまま、呆れたような声で窘めたのが、
こちら二人の後輩たちの会話を、相変わらずの小細工で盗み聞いてたらしい包帯の策士様、
そろそろ外套がお荷物になって来たなぁなんて肩をすくめてたのと同じポーズで、
かつての相棒を位置的にも心情的にも見下しておいでの、自殺嗜好な太宰さんであったりし。
大方、自分が仕掛けた策の実行を為したがため、
セメントの粉塵まみれとなったのだろう後輩二人をそれぞれに回収しに来たらしかったが、
仕事っぷりを把握するためという建前の下、
彼女らの会話を二人して聞いていたようでのこの展開。
しかも、中也姐様、お見事に斜めどっかに向いたことを可愛い敦嬢に訊いている辺り、
「人虎は中原さんを好いていることが、
先達の足枷にならぬかを案じているのだと思われますが。」
「え? なんで?」
唇噛みしめ、何だこの羞恥な展開はと真っ赤っ赤になってる
我が愛しの君を見やって…ちっちっちっち との数刻後。
「……な、何でそうなるんだよ、敦っ。
そんな、手前、アタシがそんなことをだな、だからっ。////////////」
どっかのメロドラマじゃあるまいし、このアタシがそんな、手前ンこと負担に思うとかありえないし、
第一、敦こそ アタシんことただの年上の友達くらいにしか思ってねぇんじゃないかってだな、
「しどろもどろの良い見本だねぇ♪」
「太宰さん…。」
手袋嵌めた手を上下させ、だから・あのあのと うまく言えない何かしら、
懸命に敦へ伝えんとしている、重力使いの板額御前。
そんな様子から、ああそうかと何かしらを先んじて感じ取ったものか、
今度はやや嬉しそうに頬を染め、聞く側に回っている敦嬢なのをホッと安堵の想いで見やりつつ。
そちら様は元相棒の女傑の困窮っぷりが面白いと思うのか、
にやにや笑って見物に回っている、すらりと背の高い探偵社の智謀の姉様へ。
「…やつがれも あのように必死懸命に口説かれてみとう思います。」
「え?」
太宰さんは高嶺の花なお人ゆえ、
部下としてでも駒としてでも 有能な人材と思うていただくなんて
そうそう敵うはずもないことと重々判っておりますが、
「…あ、いや、その。芥川くん?」
それでもあのように掻き口説かれたら、きっと胸が熱くなっての嬉しいのだろうなと、
今の今、あのように高揚している人虎の歓喜の顔を見るにつけうらやむばかり…なんて、
白皙の頬に片手を添えて、遣る瀬無さそに吐息をついたりしたものだから、
「御免なさいっ。
いつも適当にはぐらかしたり揶揄したりばっかでした。」
大慌てで頭を下げちゃった判りやすい知将の君だったりし。
そうでした、この黒獣の姫は決して寡黙にして無口なわけじゃあない。
太宰姉が言い訳など聞かんとばかり、殴る蹴るをしまくって話す機会を奪ってただけで、
それによって誰かさんにだけ、口答えにあたろう無駄口を利かないだけなのであり。
中也や敦、その他の各々へはちゃんと話すし怒号も放つ。
『のすけちゃんって、ちょっと酔うと一杯喋りますよねぇ。』
『…はい?』
『そうだよな。カラオケ行ったら〇〇歌うまでマイク離さねくてよ。』
『ちょ、ちょっと待って、それってどこの芥川くん?』
ちょっと盛ったが、そうまで話すよってのは初耳だったからこそ、
ついつい愛しの君の声を収集するべく、盗聴器をつけまくるお姉さまという順番ならしく。
「……。(♪♪)」
「ねえねえ、何か言ってよぉ。」
強気で豪胆、あと日頃は ややお調子者でちょいと図々しいのも、
マフィア元幹部だったという本性と危険な背後を悟られぬようという用心のためだと判っちゃあいるが、
そんな素顔、何で自分にまで隠すのかと思や、業腹でもあったらしい芥川。
普段であれば、それらをそれでもぐうと飲み込んで看過しただろうが、
今宵は虎の姫が思い切った告白をしてくれたので、それへと便乗してしまおうと、
ちょっとだけ、そうちょっとだけ、甘えたことを言ってみただけ。
まさかにこうも乗ってくれようとは思わなかったほどの上首尾な展開へ、
とりなしを流すふりをして、こそりくつくつ笑いつつ、それを誤魔化すように夜道を歩み始める。
何とも切なる乙女心の、いろんな形での紆余曲折。
微笑ましいねと見下ろすは、皐月の宵の月ばかり。
〜 Fine 〜 19.05.09.
*魔法少女ヨコハマティではありません。(笑)
お隣のお嬢さん篇と称していたものが
いつの間にか女護ヶ島篇になってる不思議。
(当方、ワンピ〇スのファンだからでしょうかねぇ。)

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